KAWAI AKIO

崩れゆくものとの対話
アート・イベント小川寺’89
柳原 正樹

 崩れゆく古い家への人々の思いを込めた展覧会が「アートイベント小川寺’89ー住まいへの報恩考」と題して、五、六の両日開催された。
 県内の四十数人の美術家が、取り壊されることになる魚津市の山ろくの古い家に作品を展示したわけだが、古い家のもつ重厚さの中で、現代美術が妙にマッチした展覧会となった。多くの作家は、自分の工房なりアトリエで制作した作品を展示したが、中には古い家そのものを素材とした作家もあり、そんな作品が印象に残った。
 川井昭夫は、天井部屋の床を素材とした作品を展開した。そこはかつて蚕棚として使われていたそうだが、すすけた部屋は黒く、時の流れの長さを暗の色として感じさせていた。いつも寡黙な川井は、薄暗い部屋に姿を見せたかと思うと、電動カンナを取り出し、そのすすけた床板に円を削り上げたのである。
 電動カンナのごう音は、まるでその古い家の最後の叫びのごとく家中に響きわたったが、川井にとって、崩れゆく家は感傷として存在するものではないのだ。作家の表現の場としてのみ存在していた。百年近い時をへて黒くすすけた板面には、一瞬のうちに円が浮かび上がり、時の流れとして蓄積された黒い削り屑は、無造作にあたりにちらばって、オートマチズムな効果をつくり出した。彼の表現と行為は、時の流れを瞬時に変えてしまったのである。川井のコンセプトの冷ややかさを、そして美という世界とのかかわりようとタンディズムを、改めてみせつけられた。さわやかな五月の風がその場を吹き抜けるように、川井は三日間だけの作品を刻みつけて、その場を去っていった。

平成元年(1989年)5月13日 北日本新聞より

[ART EVENT OGAWAGI'89] 1989