KAWAI AKIO
  川井昭夫

1979年の「麻布ドゥローイング」についての考察。
 - ミニマリズムとの関係のなかで… -

 マレービッチの「ホワイトオンホワイト」に始まり、ジャスパー・ジョーンズの「フラッグ」、そしてフランツ・ステラの「ブラックぺインティング」へ。
 これは70年代当時、私なりに絵画の解体を押し進めながら、自己の表現を模索する道筋に重要な道標となったものである。そしてこのはじまりから今に至まで常に孤立した状況に甘んじなければならなかった私を導いて来たものは、その時々の自己意識を刺激して止まないリアルな視覚体験にほかならない。
 マレービッチとステラに対し、ジョーンズの「フラッグ」が決定的に異なるのは、前者の幾何学的抽象絵画に対して、後者は星条旗を描いたものであることは言うまでもない。このことは、絵画に於いて極めて重要である。本来、絵画はイメージを再現するものであり、画家はイメージを表出するその行為の裏側で同時的に、抽象的に個の意識を実現するのである。人は、その歴史の始まりから今日に至るまで気の遠くなる時空を経てもなお、また、個のサイクルの幼少期からも同様に、このことに無自覚的に絵画してきたのである。
 この意味で20世紀のモダニズムが経験した絵画の解体の突出した一時期に同時的に立ち会った者として、もはやモダニズムが終焉してしまったとして、このことを忘れ去ることができないのである。
 ジョーンズの「フラッグ」は、旗そのものであると同時にまた絵画でもあるという、この絵画の二元的関係を見事に暴いてみせた。線によって分割された星条旗の下図の余白を、彼はただ塗り込めるだけでポップアートの旗手になったのであるが、この塗り込みこそが重要であり、エンコスティックな技法を用いることで筆触の跡をことさらに見せつけている。「国旗のデザインを使うことで、私は無駄をしなくてすんだ」とジョーンズは語っている。つまり、ジャッドの言う「絵画の秩序と構造からの解放」である。後に何故か発展的に抽象表現主義的な身振りの大きなストロークへとジョーンズの絵画は後退してしまうわけだが。しかし、私が近年強い衝撃を受けたジョーンズのモノクロームの「フラッグ」は、後のこうした展開とは異なった重要なものを突きつけているのである。ホワイトから幾つかの階調を持ったグレーの細かな筆触の半透明な積み重ねはオートマチックでありながらある精神性を兼ね備えており、マレービッチのあの絵画へとつながっているように思えるのである。
 そして、このことを援用することで、ステラはあの「ブラックペインティング」を実現したのではないだろうか。黒い絵画の上に分厚く塗り込まれた黒い絵の具は、マレービッチの白いキャンバスに白い絵の具を塗り重ねる行為を連想させる。そしてこの初期のステラのストライプのモノクローム絵画は、当時のミニマリズムの理念を明快に示している。つまり、ジョーンズが塗り込めた余白は旗のディテールであったが、ステラはいわゆるミニマリズムのリテラルなスペースとしての絵画そのものを塗り込んだのである。そして、この瞬間に絵画は自己目的化し、自らの道を閉ざす結果になったのだが。
 ここで私達は見誤ってはいけない。「抽象絵画」とは、幾何学的図式で構成されているからではない。マレービッチの「ホワイトオンホワイト」は、白い地としての矩形のキャンバスと、図としての白い平行四辺形が同一平面上でありながらそれぞれ異なる位相を持ち合わせている。つまり、キャンバスの表面そのもの、絵の具の表面そのもの以外何ものをも現さないことで露になる行為の痕跡の違いが対比されているのであり、その痕跡が示す意識の有り様が「抽象」なのである。絵画における抽象とは画家が対象に向かう意識の身振りそのものにほかならない。そして、自明のことを自明のこととして示すこと、それ以外何ものも付け加えないことで透明な精神性が与えられるのである。
 1979年の私の「麻布ドゥローイング」のシリーズは、こうした70年代当時の私なりの絵画の解体の果てに行き着いた姿なのである。伝統的な絵画の物理的な構造は木枠に張られた麻布であり、その表面に塗られる絵の具である。絵の具はその色を支持体である麻布に限り無く近付けていくことにより色彩は失われ、物としての姿を露にするのである。絵画の表面でありながら、物としての表面以外何ものも現さないことであった。絵画が本来持っている豊穣な表現要素を極限まで切り捨てた姿である。
 ところで、私のいうところの「表現を消していくこと」(註,2)の裏側には、ミニマリズムの世代意識だけではなく、私自身も人並みに持ち合わせていて、ウイルスのように自身の表現に侵入する邪悪なるものどもを同時に封じ込めることであったように思われる。 そして今再び、ミニマリズムのあの透明な精神性と、ジョーンズの「フラッグ」のような二元性をアンビバレントに合わせ持った新たな絵画を始めることにしたい。

  

Drawing on Linen / Plant Circles / Home