KAWAI AKIO
  川井昭夫

   美術手帖 1980.1 展評

麻布type-A.6

1979

山梨 俊夫

 川井昭夫展では、カンバス上に筆触を印すという単純化された行為に、孤立した自 己意識が明らかにされていたように思われる。
 生地そのままの麻布を張った上に、淡い色調のアクリル絵具一色で、斜の筆触を揃えていく。そして筆触を揃えた方向によって、たとえば、薄い縞模様を織りなしたり、麻布を対角線で仕切ったりして、簡単な幾何学的な構成を作りだしている。だが、ここでは、そうした構成は、二義的であって、なによりも先に語りかけてくるのは、物として捉えられた麻布の存在である。そうならば、麻布をそのままに投げだせば、事足りるということにもなりかねないが、単に投げだして、雑多な物質の、混濁した日常的な文脈に、それを埋没させることを避け、意識化された物として、麻布を留め置くために、そこには最小の表現が加えられる。筆触は、その意識化の証拠である。だから、塗られたアクリル絵具の層は、麻布の物質感を打ち消さない程度に控え目になっている。
 描くよりもむしろ塗るといったほうが適当な削ぎ落とされた行為は、表現の意味内容を問うことをやめた、自己意識の孤立と見合っており、「表現」の意識的な希薄化は、意識された物質の存在を強めて、自己が周囲に巡らされたもろもろの関係から切り離されたときに、単一の存立基盤を求める方向を指している。日常のねばついた関係から脱却して物と対峙し、夾雑的な条件を振り落として淡くかすかな表現によって物を自律させる、いいかえれば、物と等価になろうとすれば、そのかすかな表現は、行為としてかえって際立ってくる。その意味で、これらの作品は、物との関係の果てであり、入口でもある。

   川井昭夫展 [ Drawing on the Sack-Cloth ]
銀座絵画館 1979.10.8 - 13